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早春の尾張・三河の旅 vol.6 伊良湖東大寺瓦窯跡 治承4年(1180)に平重衡を大将軍とする平家軍の焼き討ちにより灰燼に帰した東大寺大仏殿。その後、俊乗房重源の指揮の許、再建事業が行われましたが、その際に大仏殿の屋根瓦を焼いた窯の跡とされているのがここ伊良湖東大寺瓦窯跡です。 豊川用水「初立池(はつたついけ)」の南側斜面に残る三基の窖窯の跡。 1966(昭和41)年、ダムの造成中にここから「東大寺大佛殿瓦」と刻印された軒丸瓦や軒平瓦、平瓦などが出土し、現在もこのような状態で保存されています。 東大寺瓦窯跡は他に岡山県瀬戸町(現伊方町)の万富にもあり、当時、備前国が東大寺造営料国(造営のための費用負担を課せられた国)になっていたことも鑑みれば、メインの窯は万富の方だったものと思われますが、この伊良湖で出土した瓦の「東大寺大佛殿瓦」の刻印についても、「東」の文字が東大寺鐘楼に実際に葺かれていた屋根瓦のものと一致したということで、実物に間違いないものと見られています。 大仏殿ではなく鐘楼の屋根瓦を比較対象にするのはおかしいと思われるかもしれませんが、今の大仏殿は鎌倉時代に再建された当時のも
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